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著者 : ひまじん
京都祇園の舞妓はんに扮したブログ。
イザの政治ブログから引っ越して参りました。

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引越しを暫定的に行います

2018/02/10
category - 指定なし
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産経イザブログから引越しをしてブログを書き続けておりましたが、暫定的に引越しを行うことと致します。

画面右の「リンク」より、「ひまじんの日記Ⅱ」をクリックして下さい。
引越し先の新しいブログへ移動して頂けます。
                
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中国人は漢民族ではない!

2018/02/05
category - 歴史編
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ブログ「中韓を知り過ぎた男」氏は、かつて中国でビジネスを手掛けてこられた人物なのですが、中国の歴史にも言及されておられます。

皆さんも、かなり誤った歴史観で中国を認識されておられると思いますので、この機会に真実を知っておいて頂きたいと思うのです。

それでは、転載開始しますね。・・・・・・・・・

北京でのAPECでの安倍首相の初の首脳会談に臨んだ習近平氏国家主席は
能面のような表情で首相と握手、しかも安倍首相の挨拶の言葉が終わらない
にもかかわらず横を向いてしまった。

この習近平の態度を笑わずにおられようか!習近平はホスト役で安倍首相は
お客様である。そのお客様に対してこの無礼な態度とはマナーを知らない、
野蛮人であり、国際社会に中国人の稚拙丸出しの人格をさらけ出した。

日本のメディアは相変わらず「習近平の態度は国内向けである」とか、「ぎ
こちない握手の裏でどのような習近平の思惑があるのか」など中国を大人
扱いをしていますが、たんに品性下劣な本性を表したに過ぎません。

私はこのブログで約8年間も中国人の民族性を歴史を検証しながら暴いてき
ました。日本の中国専門学者たちの「中国通」はほとんど「中国不通」です。

中国専門学者は遣隋使や遣唐使が持ち帰った膨大な漢籍を読み込んで中国人
を知ったつもりになり、中国人を偉大な民族であるとの幻想を持ってしまった。

しかし日本人が尊敬してやまない「諸子百家」と呼ばれた、孔子、老子、
孟子、筍子、墨子などの真の思想家は始皇帝が国家統一した後、忽然と集団
で歴史の闇に消えていきました。

それは「焚書坑儒」といって始皇帝は医薬書と農業関連の実用書以外は、
全ての本を燃やすように命令し、そして当時の名の知れた思想家約500人
を生き埋めにして殺害してしまった。結果中国人を恐怖に縮み上がらせた
だけでなく、思考能力を衰退させ、さらに正義感を失わせてしまった。

もう一つは現代中国が吹聴している漢民族は紀元2世紀で地球上から姿を消し
てしまった。なぜなら北方の騎馬民族に征服され、中国住民はそっくり騎馬民
族の子孫に入れ替わってしまった。

その後も遊牧民である髄、唐、宋、と続き強大なモンゴル(元)に支配され、
いわゆる秦や漢時代の中国人はそのほとんどが大陸からいなくなった。
ただ漢時代の皇帝システムだけ生き残り、髄、唐、宋といった王朝に受け継
がれていきました。

そして新たな中国人となった騎馬民族の子孫たちがその皇帝システムの中に
組み込まれ、現代中国は共産主義の都合のいい部分だけを取り入れ、形を
変えて出来たのが現在の中華人民共和国です。

中国は始皇以後2000年にわたり異民族に繰り返し征服された結果中国の民
衆たちが、国家という概念をもたず、また民族という概念もたなかったのは
至極当然のことです。

このように繰り返し異民族に支配されたということは当然文化の断絶が起こ
り、言葉がそのたびに違うことを意味します。このように多種多様な異民族
が暮らしていると他人は全て敵であり、油断すればいつ命を取られるか分か
らないという考えが、中国人のメンタリティーのなかに強固に根ざしています。

中国には55以上の人種が存在すると言われています。ということは、古代から
共通中国語というのは、1度も存在しなかった。各地方ごとに言語が異なって
いました。

しかし日本人の中国人の理解は中国人の漢文を読むことによって築き上げら
れてきましたが、いまの中国語と漢文は全く関係がありません。中国人に
とって漢文は外国語同然なのです。

つまり漢文は科挙の試験を受けるための教養であって、それ以外の人間にと
っては無縁の世界なのです。ほとんどの中国人には漢文は理解不能です。
だから中国人たちは近代になるまで共通中国がないために話している言葉
を書き表す手段を持っていませんでした。つまり20世紀になるまで、自前の
文字がなかったのです。このような国に文化が育つはずもありません。

現代中国語は日本語から作られた(岡田英弘教授)といえば日本人も中国人
も仰天するでしょうが事実です。現在の北京語を作ったのは日清戦争後日本に
留学した多くの中国人の努力によりますが中でも魯迅は「阿Q正伝」「狂人日記」
など口語を主体とする白話文を作り上げました。

このように中国人が2000年にわたり劣化し、民度が低い国民になっていった
のは当然の帰結です。

日本の学者も政治家も2000年以上前の孔子や論語、漢詩などの「諸子百家」
の影響で中国人を見誤ってしまった。中国は人種も国土の大きさも様々変化
してきたことを知らねばならない。中国政府が言うような「永久不変の中国」
など存在しない。

そして中国人の民度をもっと下げ、野蛮人にさせたのは最後の支配者である
毛沢東です。毛沢東は宗教を禁止、無神論が支配する国にしてしまった。神
を信じなくなった国民は道徳は忘れ去られ、国のリーダーたちは不道徳とい
う基礎の上に成立しています。

現代中国人のおける道徳の堕落ぶりは、人間としての基準をはるかに
下回っています。ずるがしこく、ウソを平気でつき、裏切り行為は当たり前
で、国もまた然りで、中国共産党政府は悪事の限りを尽くしているにもかか
わらず、中国共産党は偉大で、栄光に満ち溢れているとうそぶいています。

統治者の質が悪ければ、国民の質も悪くなります。この民族は2000年の
間に重い病を患っており、手術しても健康体に戻ることはありません。

しかし多くの中国人は自分たちの国が国際社会で孤立し、とても評判が悪い
ことに全く気がついていません。

中国人は犬と一緒です。飼い主の言うことを聞かない犬は、飼い主が甘やか
しすぎて犬は飼い主より上だと勘違いするからです。日本のように争いを避け
る為にいつも中国に対して下手に出ていると中国人は日本人より格上だと
勘違いして傍若無人に振る舞うのです。

日本の過去の政治家は教科書問題や靖国参拝で中国に謝ってばかりいた
結果,強い態度に出れば日本という国はいくらでも謝るという発見を中国人は
した。その後の日中関係を大きく変えてしまった。格下の野蛮な中国を格上に
してしまった日本の政治家の罪は大きい。

しかしいずれにしても常識的な倫理観をもって生きている日本人にとって
このような中国人を理解することはまず不可能です。
                                 
                                      
            

中国人は漢民族ではない!

2018/02/05
category - 歴史編
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ブログ「中韓を知り過ぎた男」氏は、かつて中国でビジネスを手掛けてこられた人物なのですが、中国の歴史にも言及されておられます。

皆さんも、かなり誤った歴史観で中国を認識されておられると思いますので、この機会に真実を知っておいて頂きたいと思うのです。

それでは、転載開始しますね。・・・・・・・・・

北京でのAPECでの安倍首相の初の首脳会談に臨んだ習近平氏国家主席は
能面のような表情で首相と握手、しかも安倍首相の挨拶の言葉が終わらない
にもかかわらず横を向いてしまった。

この習近平の態度を笑わずにおられようか!習近平はホスト役で安倍首相は
お客様である。そのお客様に対してこの無礼な態度とはマナーを知らない、
野蛮人であり、国際社会に中国人の稚拙丸出しの人格をさらけ出した。

日本のメディアは相変わらず「習近平の態度は国内向けである」とか、「ぎ
こちない握手の裏でどのような習近平の思惑があるのか」など中国を大人
扱いをしていますが、たんに品性下劣な本性を表したに過ぎません。

私はこのブログで約8年間も中国人の民族性を歴史を検証しながら暴いてき
ました。日本の中国専門学者たちの「中国通」はほとんど「中国不通」です。

中国専門学者は遣隋使や遣唐使が持ち帰った膨大な漢籍を読み込んで中国人
を知ったつもりになり、中国人を偉大な民族であるとの幻想を持ってしまった。

しかし日本人が尊敬してやまない「諸子百家」と呼ばれた、孔子、老子、
孟子、筍子、墨子などの真の思想家は始皇帝が国家統一した後、忽然と集団
で歴史の闇に消えていきました。

それは「焚書坑儒」といって始皇帝は医薬書と農業関連の実用書以外は、
全ての本を燃やすように命令し、そして当時の名の知れた思想家約500人
を生き埋めにして殺害してしまった。結果中国人を恐怖に縮み上がらせた
だけでなく、思考能力を衰退させ、さらに正義感を失わせてしまった。

もう一つは現代中国が吹聴している漢民族は紀元2世紀で地球上から姿を消し
てしまった。なぜなら北方の騎馬民族に征服され、中国住民はそっくり騎馬民
族の子孫に入れ替わってしまった。

その後も遊牧民である髄、唐、宋、と続き強大なモンゴル(元)に支配され、
いわゆる秦や漢時代の中国人はそのほとんどが大陸からいなくなった。
ただ漢時代の皇帝システムだけ生き残り、髄、唐、宋といった王朝に受け継
がれていきました。

そして新たな中国人となった騎馬民族の子孫たちがその皇帝システムの中に
組み込まれ、現代中国は共産主義の都合のいい部分だけを取り入れ、形を
変えて出来たのが現在の中華人民共和国です。

中国は始皇以後2000年にわたり異民族に繰り返し征服された結果中国の民
衆たちが、国家という概念をもたず、また民族という概念もたなかったのは
至極当然のことです。

このように繰り返し異民族に支配されたということは当然文化の断絶が起こ
り、言葉がそのたびに違うことを意味します。このように多種多様な異民族
が暮らしていると他人は全て敵であり、油断すればいつ命を取られるか分か
らないという考えが、中国人のメンタリティーのなかに強固に根ざしています。

中国には55以上の人種が存在すると言われています。ということは、古代から
共通中国語というのは、1度も存在しなかった。各地方ごとに言語が異なって
いました。

しかし日本人の中国人の理解は中国人の漢文を読むことによって築き上げら
れてきましたが、いまの中国語と漢文は全く関係がありません。中国人に
とって漢文は外国語同然なのです。

つまり漢文は科挙の試験を受けるための教養であって、それ以外の人間にと
っては無縁の世界なのです。ほとんどの中国人には漢文は理解不能です。
だから中国人たちは近代になるまで共通中国がないために話している言葉
を書き表す手段を持っていませんでした。つまり20世紀になるまで、自前の
文字がなかったのです。このような国に文化が育つはずもありません。

現代中国語は日本語から作られた(岡田英弘教授)といえば日本人も中国人
も仰天するでしょうが事実です。現在の北京語を作ったのは日清戦争後日本に
留学した多くの中国人の努力によりますが中でも魯迅は「阿Q正伝」「狂人日記」
など口語を主体とする白話文を作り上げました。

このように中国人が2000年にわたり劣化し、民度が低い国民になっていった
のは当然の帰結です。

日本の学者も政治家も2000年以上前の孔子や論語、漢詩などの「諸子百家」
の影響で中国人を見誤ってしまった。中国は人種も国土の大きさも様々変化
してきたことを知らねばならない。中国政府が言うような「永久不変の中国」
など存在しない。

そして中国人の民度をもっと下げ、野蛮人にさせたのは最後の支配者である
毛沢東です。毛沢東は宗教を禁止、無神論が支配する国にしてしまった。神
を信じなくなった国民は道徳は忘れ去られ、国のリーダーたちは不道徳とい
う基礎の上に成立しています。

現代中国人のおける道徳の堕落ぶりは、人間としての基準をはるかに
下回っています。ずるがしこく、ウソを平気でつき、裏切り行為は当たり前
で、国もまた然りで、中国共産党政府は悪事の限りを尽くしているにもかか
わらず、中国共産党は偉大で、栄光に満ち溢れているとうそぶいています。

統治者の質が悪ければ、国民の質も悪くなります。この民族は2000年の
間に重い病を患っており、手術しても健康体に戻ることはありません。

しかし多くの中国人は自分たちの国が国際社会で孤立し、とても評判が悪い
ことに全く気がついていません。

中国人は犬と一緒です。飼い主の言うことを聞かない犬は、飼い主が甘やか
しすぎて犬は飼い主より上だと勘違いするからです。日本のように争いを避け
る為にいつも中国に対して下手に出ていると中国人は日本人より格上だと
勘違いして傍若無人に振る舞うのです。

日本の過去の政治家は教科書問題や靖国参拝で中国に謝ってばかりいた
結果,強い態度に出れば日本という国はいくらでも謝るという発見を中国人は
した。その後の日中関係を大きく変えてしまった。格下の野蛮な中国を格上に
してしまった日本の政治家の罪は大きい。

しかしいずれにしても常識的な倫理観をもって生きている日本人にとって
このような中国人を理解することはまず不可能です。
                                 
                                      
            

核武装を論じることのどこが悪い?

2018/02/05
category - 政治編
コメント - 0
                         
「核武装をする」ではなく、核武装の是非を論じることすらタブーになっている我が国ですが、国際的に見ても、実にいびつな状況なんだそうです。

敗戦後、日本国土を7年間にも渡って軍事占領したGHQ。
その間、思想を徹底的に改造され、GHQ撤収後の今日であっても、相変わらず、その呪縛から逃れられずにいるのです。

我が国をアメリカの核が守ってくれるとは申せ、アメリカが他国からの核の報復に耐えてまで我が国を守ってくれるという保障はありません。
また、核武装していないばかりに、外交力が著しく低下せざるを得ない現実もあります。

小笠原諸島沖でサンゴが中国から盗られ放題であったことを記憶されている方も多いのではないでしょうか。
また、靖国参拝や教科書の内容などの内政問題に盛んに干渉を受けても、強く言い返せない弱々しさを不思議に思っておられる方も多いと思います。

さて、文面で説明すると字数も膨大になりますし、それらを目で追いかける皆さんも大変だろうと思いますので、動画を貼らせて頂きます。


                                 
                                      
            

核武装を論じることのどこが悪い?

2018/02/05
category - 政治編
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「核武装をする」ではなく、核武装の是非を論じることすらタブーになっている我が国ですが、国際的に見ても、実にいびつな状況なんだそうです。

敗戦後、日本国土を7年間にも渡って軍事占領したGHQ。
その間、思想を徹底的に改造され、GHQ撤収後の今日であっても、相変わらず、その呪縛から逃れられずにいるのです。

我が国をアメリカの核が守ってくれるとは申せ、アメリカが他国からの核の報復に耐えてまで我が国を守ってくれるという保障はありません。
また、核武装していないばかりに、外交力が著しく低下せざるを得ない現実もあります。

小笠原諸島沖でサンゴが中国から盗られ放題であったことを記憶されている方も多いのではないでしょうか。
また、靖国参拝や教科書の内容などの内政問題に盛んに干渉を受けても、強く言い返せない弱々しさを不思議に思っておられる方も多いと思います。

さて、文面で説明すると字数も膨大になりますし、それらを目で追いかける皆さんも大変だろうと思いますので、動画を貼らせて頂きます。

                                 
                                      
            

懐かしき東映アニメ

2018/02/02
category - 教養
コメント - 0
                         
昭和30年代になって、我が国に初めて「国産アニメ」が登場しました。
市井(しせい)に多数あった映画館で上映されておりましたが、その頃のアニメ作品に共通するものがあります。

それは、心の誠実さだと思うのです。

登場する男は強くて勇気があるだけでなく思慮深く、女は優しい上に落ち着いた気品や清純さがありました。

やたら粗暴な暴力表現や、下品な性的魅力にあふれる表現に終始する近年のアニメは、ただただ稚拙(ちせつ)そのものであって、いくら海外で評価されているとはいえども、とても手放しで青少年に薦められるものであるとは言い難いと思うのです。


                                 
                                      
            

懐かしき東映アニメ

2018/02/02
category - 教養
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昭和30年代になって、我が国に初めて「国産アニメ」が登場しました。
市井(しせい)に多数あった映画館で上映されておりましたが、その頃のアニメ作品に共通するものがあります。

それは、心の誠実さだと思うのです。

登場する男は強くて勇気があるだけでなく思慮深く、女は優しい上に落ち着いた気品や清純さがありました。

やたら粗暴な暴力表現や、下品な性的魅力にあふれる表現に終始する近年のアニメは、ただただ稚拙(ちせつ)そのものであって、いくら海外で評価されているとはいえども、とても手放しで青少年に薦められるものであるとは言い難いと思うのです。

                                 
                                      
            

懐かしき戦後の昭和  東京の画像

2018/02/02
category - 社会編
コメント - 2
                         


新宿駅西口には淀橋浄水場があって、今や高層ビル街に変貌して見る影もありません。

京王線も地上にあって、今のような地下の京王新宿駅は、ずっとあとになって出来たものです。

京浜急行も今では高架橋の上を走っておりますが、どの風景をとっても、東京の年配の人たちにとっては懐かしい光景の数々です。
                                 
                                      
            

懐かしき戦後の昭和  東京の画像

2018/02/02
category - 社会編
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新宿駅西口には淀橋浄水場があって、今や高層ビル街に変貌して見る影もありません。

京王線も地上にあって、今のような地下の京王新宿駅は、ずっとあとになって出来たものです。

京浜急行も今では高架橋の上を走っておりますが、どの風景をとっても、東京の年配の人たちにとっては懐かしい光景の数々です。
                                 
                                      
            

朝日新聞の報道姿勢とは?

2018/02/01
category - 政治編
コメント - 0
                         
これまでの新聞・テレビ・ラジオという情報媒体に加えて、広く個人が意見や情報を共有できるようになってきたのは、何んと言っても「インターネットの普及」にあります。

新聞やテレビの情報が、何んだかウソらしいということが段々と分かってきたのです。

特に、朝日新聞社は、どこの国の新聞社かと思えるほどです。

さて、毎度、転載記事ばかりで申し訳ありませんが、今日のコラムで、これはどうかと思いまして・・・。

以下、転載開始・・・・・・・・・・・


「敵認定」怒る朝日新聞にブーメラン --- 梶井 彩子

1/31(水) 17:28配信

アゴラ

◎「朝日と購読者は日本の敵」発言

少し前のことになるが、かねてより朝日新聞批判を展開している作家の百田尚樹氏が怒りをあらわにした。

“〈これは首を賭けてもいい。もし、中国と日本が軍事衝突をすれば、朝日新聞は100パーセント、中国の肩を持つ。朝日新聞は日本の敵だが、そんな売国新聞を支えている朝日の読者も日本の敵だ。〉”

年明け早々の1月11日、中国の潜水艦と軍艦が尖閣の接続水域に侵入した件の紙面での扱いがあまりにも小さかったことに対しての怒りだったのだが、これが朝日新聞広報部のツイッターアカウントの目に留まると、朝日側はこう返した。

“〈「朝日の読者も日本の敵だ」と作家の百田尚樹さんが発信していますが、特定の新聞の読者を敵視するような差別的な発言に強く抗議します。私たちはこれからも建設的で多様な言論を尊重し、読者とともにつくる新聞をめざします。〉”

これだけみれば実に美しき姿勢だが、「お前が言うな」の反応が多くあった。「これからも」という以上、今までも「多様な言論を尊重し」てきたと言いたいのだろうが、チャンチャラおかしいとはこのことだ。

1月30日には朝日新聞記者・鮫島浩氏がツイッターでこう述べている。

“〈世の中を敵と味方に峻別し、敵とみなしたら何事も激しく糾弾するのに、己の誤りは認めず、開き直って強弁し、うやむやに終わらせ、敵とみなした相手をより一層激しく糾弾する面々が政界やマスコミ界で大手を振って歩いている。まことに美しくない日本の「現風景」だ。〉”

これもブーメラン(つまり「天に唾する」ような発言)としか言いようがない。なぜこの矛先のわずかでも「我が身」に向けてみないのだろうか。
.

◎朝日が敵視してきた人たち

朝日新聞は戦後、いわゆる「(朝日から見て)右寄りの言説」を一貫して「敵視」してきた。朝日新聞的基準で、少しでも「戦前回帰」「軍国主義」に繋がりそうな言説、風潮については神経を尖らせてきた。その様はまるで、日本の危険分子を取り締まる役目を負った「戦勝国の特高警察」(http://asread.info/archives/1161)そのものである。

朝日新聞が「建設的で多様な言論を尊重」という美辞麗句の一方で、特定の言論を敵視し、(本当の意味での)反知性主義的反発の高まりを招いた自覚はないのか。いわゆる「嫌韓・反中本」ブームを取り上げた朝日の論調はどうだったか。少数の意見を尊重すべきと言いながら、改憲賛成派がまだ過半数にも届かなかった頃、その意見を紙面で護憲派の意見と同様に扱ったことがあったろうか。

自らが被害を受けた赤報隊事件を「風化させない」ことには熱心でも、朝日の記者がかかわった朝霞自衛官殺害事件についてはどうなのか。「加害の歴史を直視せよ」とあれだけ言っているのに。同じテロでも、「愛国」を掲げたものはダメ、「革命」ならよしとしてきた風潮が、朝日人士たちのなかになかったと言い切れるだろうか。

折に触れて引用したい一文がある。朝日新聞は2017年7月13日付紙面の〈フェイクニュースの台頭〉という「報道と人権委員会」の鼎談記事で、委員の一人のこんな言葉を載せている。

“「ネット上では繰り返し、それも特定のメディアを批判する人たちが存在する。だが、いつか我が国の市民層が、メディア情報の真偽を見分ける力を備えた市民として再構築される中で、淘汰されると思う」”

この文言に、「繰り返し朝日を批判するネットの連中は淘汰されてしまえばいいのに」という願望がこもってはいないか。少なくとも「市民」と「ネット民」を区別していることは確かだ。市民層がメディア情報の真偽を見分ける力を備えた結果、朝日批判が高まっている可能性について全く考えていないのだとしたら驚くべきことだ。

◎朝日が取るべき道は、二つに一つ

朝日新聞は部数凋落と「敵認定」を支持する声を目の当たりにして初めて、戦後、「朝日的でない言論」を唱えてきた人たちが、どんな思いで自らの意見を展開してきたか、ようやく身を以て知り得る状況になったのかもしれない。

それでも筆者は、「敵だ!」「死ね!」という言葉が飛び交う言論空間をよしとはしない。何より筆者は「朝日のような思想取締り機関気取りの新聞があって、不偏不党・自由な言論と言いながら朝日の論調に沿わないものにはレッテルを貼ってきた」状況をこそ憎んでいるからだ。

当然のことながら、「ブーメラン」と呼ばれる自業自得的言説はリベラル勢にのみ発生するものではない。いわゆる「反マスコミ側」にも、突っ込まれると言を左右するような態度を見せる人がいる。「偏向報道、印象操作反対」と言いながら、その手法を使っているのではとみられる人もいる。ただ、少なくともその人たちは「不偏不党」を謳ってはいない(だからと言ってすべて許されるものではないが)。

朝日新聞をはじめとするリベラル勢が、「きれいごと」を言いながら一方で自分とは異なる意見を「排除」する姿勢を続けるならば、「敵」などの言葉が飛び交う状況は改善されないだろう。不偏不党の建前を捨てるか、あくまで「多様な意見」の掲載に努めるか。どちらかしかない。そうでないと延々と朝日は「ブーメラン」と言われ続けることになる。